タブラ・ラサ・幽遊
何事もゆっくり過ごしたい。
それで上手くいかないこともあるし、間違えることもよくある。
それはゆっくりしてなくてもよくある。
一日はあと言う間だけど、
自分通りに過ごしたい。
明日は久しぶりに音楽聴きに出掛ける、たのしみー!
ボーイズヤング、山形に行く電車で何回も聴いていて、思い出します。
CDをパソコンに入れたとき、曲名が入らなかったので、いつも何ていう曲名なんだろうと思いながら聴いている。
明日はボーイズヤングを聴きに出掛ける。
いくちゃん
溜まり
自分と近しい人が、読まれる・読ませる前提で書いた文章はいつも読みたいと思っています。
ツイッターの手軽さはそのままで、もっと強制的ではないシステムとか、無いんですかね。あるといいなと思うんですけれど。
最近の感情は悲しいが多い。
疲れていること多くって、想像力がうまく機能してくれない。上手にお話ができない。
気分良くて何でも出来るときってあるけど、そのあとに絶対、自分が何も出来ないよう感じられるときがくるから、大抵の気分が良いときも、このあとまたあのきもちがくるのと思う。
そういうのきっとみんなあるのだと思います。
天候とか、身体システムとか、そんな面倒を愛せません。コツをどうか教えてください。
いま思ってる面白いこと書きます。
星野源のエッセイに出てくる「生活が嫌い」という言葉がいいなと思います。
あと、これはなにで読んだか聞いたか忘れてしまったから、正確に思い出せないし知っているひとがいれば教えてほしいです。「元気とは何か」という話で、子どもってたとえば急いでないのに走って目的物・地まで行ったりするけど、おそらく「元気」ってこういうことなんだろうなって話。この間ゴミ出しに行くとき、走って行って走って帰ってきて、ドアしめた時に走っていたことに気づいて、自分が元気であることを知った。
菊池亜希子が星野源との対談で話していた、星野源の曲を聴きながら出がけに指差し確認していて、急に涙が出てきたっていうエピソードも好きです。
これはあまり、というか全く面白くない話ですが、高1のとき私は綺麗なマッシュヘアにしていて、友人が「かのに似ているモデルがおるよ!」と教えてくれたのが菊池亜希子でした。そしてなんとその次の日に母が「あんたにピッタリの本買ってきたよ。」とくれたのが菊池亜希子の“おしゃれのはなし。”でした。偶然過ぎますね。ムック本たくさん出ているけど矢張りこれが私の一番好きな本です。
それはそうと、突然将来の夢を言います。
ゆくゆくは沢山の言葉のなかから自分で選んで、組立てて、別の日常をえがけるといいなと思ってます。
今日の悲しい出来事は、辞めたサークルの先輩に5回会ったことです。(他課程なのに。)
カンカン
ゆでダコ漂流記
年が明けて、日記でも書こうかと思っていたり
成人して、日記でも書こうかと思っていたら
一月も半ば。
うかうかはタイムパラドックス!
国が決めた節目として、このたび成人になった。
今年の初詣は、中学生のころから続いていた、詣でるときに限って次々とスケベな単語がぼうっと浮かぶ不謹慎な妄念が消え、心から一年の健康だけをお願いすることが出来た。
今年は祖母の家を訪ねなかったので、エリア仏壇もクリアー。
成人したことをジンと感じた。
祖母の家といえば、「おばあちゃんの家」のチョコパイ。
「ニーチェの馬」のじゃがいも。
「火垂るの墓」の地面の上の氷のカス。
「パピヨン」のスープ。
このごろ日記に何を書きたいのかわからなくなっているので、映画の中の胸打つ食べ物を数点挙げ、少し心が晴れた。
言葉のリハビリテーションのために、去年の夏から始めたこのインターネットの海に漂う日記、数年後二人は哲学を語るようになっているのでしょうか。
二◯一四年、丁寧に暮らすこと。
ヨロシク抱負。
いくちゃん
年の瀬、遊泳
大分に帰省しました。
家の庭にとても大きいレモンの木があり、実が50個以上はあるそう・・・すごい。
この木の横にはグレープフルーツが植わってました。柑橘が好きなのか?
実というもの、無条件に可愛らしく思えます。
去年のクリスマスは
いくちゃんとおとぎ話のライブにいって、十三でケンタッキーを買い、まだ一緒に住んでなかったから製図室でケーキとシャンメリーと、チキンを食べる。
破裂しそうな愉快しか無かったけど
今年は
いくちゃんとおとぎ話のライブにいって、十三でケンタッキーを買い、一緒に住んでいるから自宅でケーキとシャンメリーと、チキンを食べる。
ん〜・・んん〜〜??
おかしいな。
楽しかった。
今年、終わるな。
たのしい一年でした。
緩やかに変化する年でありました。
ひとと付き合うことに馴れて手を抜いたり、羨んだり妬いたり、沢山するけど、少しずつ折り合いがついてきた?
少ない友人だけど、前より色々を知って、前より好きになった。
好きなものごとを好きと言えるようになった。昔よりね
いくちゃんと一緒に住み、思って考えて話して、
学祭のような大きなことも、日常の小さなことも、愉快に、ピッタシの輪郭を与えることが出来た。
それでも、まだまだ、まだ、愉快の余地あるな。
ボンヤリした書き方だけど
ゆく年、とってもいい感じでした。
くる年。
もっとガツンとくる変化のため、気張らず努力したい。
見据えなければいけないものから目をそらさないように。
ひとと対話する。
目当て。
誰にも良い年がやってきますよう。
カンカン
愉快サークル・喫茶カンカン
いかにもな日記を書く。
一年以上ずっと、見つづけていた2013年11月23・24日の未来がとうとう現在をこえて過去になった。
通う理系大学の小さな祭で小屋を建てて喫茶を出店するビッグな遊び
鶏小屋掲示板を参考にしてふたりで建てたこの小屋にはビックリするほどたくさんの心地がつまっていて、
2012年の6月、芹沢銈介さんやリチャード・スタイナーさんの個展からはじまって毎日毎日遊び続けてついにはその1年後の2013年の6月に面白アパートに一緒に暮らしはじめたふたりの心地、
それは
去年の春休みの前日、まだカンカンと暮らす前に深夜大学から自宅に帰るとき、高野川の横の道路で拾った山の襖や
今年の夏休みに天橋立眺めつつ拾った流木
祭の前一週間で地獄の施工をしたコーナンの木材やトタン、祭の前二日間夜から朝まで地獄のショウガをすり続けまんとうをこねたすべての材料にある。
前暮らしていた家にカンカンが潜伏していた時よくいれてくれたチャイやホットジンジャー。
カンフー映画に憧れ、そしてYunnanという素敵な喫茶(今はもう閉まってしまって、三回くらいしか行けなかったけど)で食べたまんとう(ここのチャイもベスト好きのひとつだった〜)。
ふたりでママチャリを漕ぎ回っていたとき、たまたま見つけたYnnanの宇宙みたいなワクワク感は、小学生にしか持てないエネルギー流れる。
Ynnanだけじゃなく、京都や大阪のおもしろいお店・大人たちに勝手に憧れて勝手に宇宙みたいなワクワクした心地。
毎日山を見て時には登り、川を見て時には浸かった心地。
洋服を着て、音楽を聴いて、本を読んで、映画をみた。
おいしいごはんやおやつを食べて、お茶も飲んだ。
この暮らし、まさに愉快ですね〜
自分たちの心地を押し付けるきもちは全く無いけど、喫茶カンカンに来てなんだか居心地がいいぞ?と感じたら、それは愉快の居心地だと言う!
遊びに来てくださった方・遊びに来たがってくれた方、フライヤーを貰ってくれた方・貰いたがってくれた方、フライヤーを置いてくださったやまのは様・おしゃれ童子様・miepump様、忙しい中遊びに来てくれたいつも仲良くしてくださるモアレさん・大塚さん、影響を受けたたくさんの大人たちやものたち、施工の道具を貸してくださった自然愛好会の先輩方・バイト先の森田さん、吉田くんをはじめとする松ヶ崎企画運営委員会の方、さいこうのグッズを出してくれて、ふたり無しじゃ小屋が建つことは不可能だった、四人でつくった愉快サークルスペースボーイのアオピー・しんちゃん、
そしてカンandカン!
私、私たちの暮らしの中に居るすべての方に心から感謝申し上げます。
どうもありがとうございました。
あまり個人的になりすぎる内容を文字にしたくなくて、おかげでよく分かりにくいと言われるわたしいくちゃんですが、今日だけはいいと思って大放出。
日記だし。
愉快サークル部長・いくちゃん